鮎川哲也・黒沼健そして『ウルトラQ』

                               原田 実   

9月24日は今後、日本のすべての本格推理愛好者の間で忘れえぬ日となることだろう。2002年のこの日、鮎川哲也先生がこの世を去られた。『本格一筋六十年・思い出の鮎川哲也』(山前譲編、東京創元社、2002年)を読むと、そのジャンルにおいて現在第一線で活躍する作家・評論家・編集者の方々が、いかに強烈な鮎川先生との遭遇体験をそれぞれ持たれたかがうかがえる。

 生前一回の面識をうることのなかった私にとっても、鮎川先生といえば鎌倉の喫茶店で甘いものを口にしながらたたずむ姿が目に浮かぶような気がする。それは御自身の作品に登場する「鮎川哲也」なるキャラクターや、他の作家のエッセイ・パロディに登場するイメージ、特に津島誠司の「A先生」シリーズ(『A先生の名推理』講談社、1998、他)のそれによって形成されたものにすぎないとしてもである。

 しかし、私はそのイメージからさらに他のキャラクター、そしてそのモデルとなった実在の作家を続けて連想しないではいられない。

 そのキャラクターとは渡辺剣次・松村喜雄「鎌倉の密室」に登場する怪奇実話作家・白滝譲である。ヒロインの女性雑誌記者は鎌倉の喫茶店で、白滝が編集者相手にアンブローズ・ビアス失踪事件について語っているところに出くわし、それがきっかけで自分が巻き込まれた密室殺人事件の解決をもとめることになる。

 いわば、隅の老人とポリー・バートンの日本版で、渡辺の他界によりシリーズ化されなかったことが惜しまれる作品である。かたや黒縁眼鏡にベレー帽、かたや金縁眼鏡のオールバックと、容貌の描写などはまったく異なっているにも関わらず、この白滝と晩年の鮎川先生のイメージが私にとってはだぶっているのである。

ちなみに私はこの「鎌倉の密室」を鮎川編のアンソロジー(『密室探求・第二集』講談社文庫、1984)で読んだ。

さて、白滝譲のモデルが怪奇実話の大家・黒沼健であることは自明である。黒沼の業績については拙著『怪獣のいる精神史』(風塵社)でも触れたが、私は最近、黒沼は日本特撮史のいくつかの局面におけるミッシング・リンクではないか、と考えている。

たとえば『海底人8823』(1960)、従来はテレビ特撮草創期の珍作といった程度の評価しかえていない作品だが、その第7話『地球の悲劇』で、ハヤブサことエルデ8823は「彗星ツイフォンの接近で2億年前に海底に沈んだエル大陸」について語り、自分たち海底人はその住人の生き残りだと述べる(多くの資料にはこの大陸名を「エルデ」としているが作中での大陸名はあくまで「エル」と発音される)。

この『海底人8823』の原作・脚本を担当した人物こそ誰あろう黒沼健である。

画面に示されたエル大陸の位置と形状はジェームス・チャーチワードの「ムー」と一致する。また、ツイフォンの名は、エマニュエル・ヴェリコフスキーの『衝突する宇宙』で太古の地球に衝突し、災厄をもたらしたとされる彗星の名をとったものだろう。

『ウルトラマン』「悪魔はふたたび」に登場するムー大陸の歴史はチャーチワード説そのままではない(拙著『ウルトラマン幻想譜』、風塵社、参照)。ところがそこにこの『海底人8823』を介在させると、チャーチワードがいかに換骨奪胎されて「悪魔はふたたび」になったかが読み取れるのである。

 また、やはり『ウルトラマン』「怪彗星ツイフォン」の表題となっている彗星の名がどこから来たものか、長らく私にとって疑問だった。その出典がヴェリコフスキーに遡りうるのは確かだが、当時の日本の出版状況から見て、「怪彗星ツイフォン」の脚本を担当した若槻文三がヴェリコフスキーの著書を読んだとは考えにくい。

その長年の疑問が最近、『海底人8823』を知ることで氷解した。よしんば、『海底人8823』が「怪彗星ツイフォン」の直接の典拠ではないにしても、黒沼がヴェリコフスキー説を『海底人8823』に取り入れる以前にそれを怪奇実話の題材にしていたことは容易に推定でき、それを若槻が見た可能性は高いといえよう。

なお、黒沼の怪奇実話は膨大な上にその著書には初出が明記されていないため、残念ながらそのチェックが困難なこと、言い訳めいてはいるが一言ことわっておきたい。

 黒沼健が草創期のテレビ特撮に与えた影響は思いのほか大きいようである。思えば、『ウルトラQ』にしても、私たちはテレビ怪獣モノというジャンルの約束事を前提として見てしまい勝ちだが、そのような先入観を外せば、それは黒沼健の怪奇実話と共通のテーマを扱った作品群なのである。

 違う点といえば、黒沼健の怪奇実話が「実話」であるという前提(たとえ実際には多くのフィクションを含んでいるにしても)でリアリティを確保しているのに対し、『ウルトラQ』はフィクションであることを明らかにしつつも、実写(特撮)映像の迫力をもって見る側にリアリティを覚えさせるのに成功したというだけなのである。

 さて、鮎川先生に「怪虫」(初出時タイトル「人食い芋虫」1956年)という大怪獣小説があることは、最近、ようやく怪獣ファン、本格推理ファンの双方に知られるようになってきた。『モスラ』に先駆けること5年、巨大イモムシの東京襲撃を描いたという注目すべき作品だが、その主人公(あるいは狂言回し)になっているのが、青年科学者・浅川秋夫と女性新聞記者・沢田マリのカップルである。

 この二人はさらに「冷凍人間」(初出・1957年)でも活躍する。こちらは凍死体が歩き回る?という怪奇譚に、本格推理としての合理的な解決を与えるもので、その発端には『怪奇大作戦』「氷の死刑台」の先取りという趣があった。日下三蔵は「同じカップル探偵が活躍する怪奇ムードのシリーズに発展する可能性もあったが、二篇で終わったのは残念である」と述べている(日下編『鮎川哲也名作選・冷凍人間』「解説」河出文庫、2002年)。

 しかし、鮎川先生がこの2作を発表した直後、このカップルによく似た組み合わせの男女が登場する映画が公開された。東宝の『大怪獣バラン』(1958年)である。その原作を担当したのは黒沼健である(脚本は関沢新一)。

 この作品の主人公にして狂言回しを勤めるのは、青年科学者・魚崎健二と女性新聞記者・新庄由利子である。これにからむのがコメディ・リリーフのカメラマン・堀口元彦と、魚崎の恩師にあたる杉本博士である。

 浅川秋夫と魚崎健二は共に昆虫学専攻というところまで一致している。しかし、浅川秋夫と沢田マリがあっさりと恋人同志になるのに対して、魚崎健二と新庄由利子は一時接近することはあっても、最後まで軽口を叩き合う程度の中である。

 魚崎健二と新庄由利子はシリーズ・キャラクターではないが、この二人程度の仲の方が実際のシリーズ化には有利だろう。見る側では、シリーズの進展にともなって二人の中がどのように進展するか、期待してしまうからである。

さらに非日常的な世界を描く作品で恋愛の要素が前面に出ると、テーマが不鮮明になりかねない。原作者としての香山滋は『ゴジラ』『ゴジラの逆襲』に哀切な恋愛感情を織り込んだが、「ゴジラ」が長期シリーズ化するには香山の手を離れることが必要だったのである。

 女性新聞記者のヒロインと、恋人未満の相手役、そしてコメディ・リリーフのカメラマンという配置には戦前から幾度も映画化された現代の古典『スーパーマン』の影響もあるのかも知れない。クラーク・ケントとロイス・レインも1980年代以前には本格的なカップルとして描かれることはほとんどなかったのである。

『大怪獣バラン』の人物配置が持っていたシリーズ化への可能性はテレビに受け継がれる。『ウルトラQ』の万城目淳と江戸川由利子はいつまでも恋人未満の関係に描かれ続けた。そして、その二人にからんでくるのが、コメディ・リリーフの戸川一平と、一の谷博士ら科学者たちである。『大怪獣バラン』の新庄由利子と『ウルトラQ』の江戸川由利子は新聞記者という職業だけでなく、「由利子」という名前まで一致している。万城目淳には科学者という属性はないが、これは長期シリーズ化にあたって、一の谷博士らとキャラクターの差別化をはかるためだろう。

 このような類似は偶然とは考えにくい。初出時期からいって、鮎川作品―『大怪獣バラン』―『ウルトラQ』という影響関係を認めるのが妥当だろう。

 屋上屋を重ねる仮定だが、もしも鮎川先生の浅川・沢田カップルの登場作が長期シリーズ化し、それがさらに映像化されたとすると、その作品群は『ウルトラQ』『怪奇大作戦』とそっくりなものになっていたのではないだろうか。

以上、それぞれの人物を一覧表にまとめると次のようになる。

 

作品         ヒロイン      相手役     コメディ・リリーフ   科学者

「怪虫」等      沢田マリ      浅川秋夫   ×            浅川秋夫

『大怪獣バラン』  新庄由利子    魚崎健二   堀口元彦       杉本博士他

『ウルトラQ』    江戸川由利子   万城目淳   戸川一平       一の谷博士他

 

『ウルトラQ』に始まる円谷ウルトラシリーズ、そこには怪奇実話の大家にして、怪獣映画・初期テレビ特撮の原作者としての黒沼健が大きな影を落としていた。そして、その背後にはさらに鮎川先生の影をも垣間見ることができるのである。

 円谷ウルトラシリーズを見て育った世代が作家として、また読者として、1980年代以降の本格復権の運動を支えていくことになったのは決して偶然ではなかったのである。

 ちなみに余談だが、『大怪獣バラン』において、バランは藤本博士の発明した特殊爆薬にとどめをさされる。その藤本博士を演じたのは、『ゴジラ』の芹沢博士、『ウルトラマン』の岩本博士こと、平田昭彦であった。ゴジラを沈めたオキシジョン・デストロイヤー、ゼットンを粉砕したペンシル爆弾とならぶ三大発明というべきか。

(2003年3月8日・記)

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